文化
こども以上大人未満の年代の女性をさす「少女」という概念は明治以前には存在していなかった。少女という言葉がメディアに登場しはじめたのは、明治30年代ぐらいからと思われる。このころから少女小説が刊行され、1902年(明治35年)初の少女雑誌『少女界』が発行された。大正時代、吉屋信子の少女小説が、少女たちに熱狂的に受け入れられ、それによって少女的なるものを確立したといえる。吉屋の小説に、美しい少女の姿を描いた中原淳一らの挿絵画家も、少女的なるものの確立に寄与した。
大塚英志は、「近代社会というものが、初潮を迎え使用可能になった女性の身体をしかるべき男に実際に使用されるまで無傷でとっておくために、彼女たちを囲い込もうとしたところ、“誤って”産み出してしまった異物が<少女>という存在である。」と述べている。つまり少女幻想は、少女が近代社会から押し付けられたものであるのにもかかわらず、男性秩序に対する少女自身の武器ともなりうるものである。